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Gさん「2週間1回主人に1万円を渡すのが精一杯です」〜自主避難の現状〜東京電力福島第一原発事故避難者の声


あんまり慣れていないので書いてきたものを読ませていただきます。

私たちは避難して5年目になります。
私たち家族は2011年3月14日に福島県いわき市を出ました。
自宅は第一原発からだいたい45km強の場所にあります。
その頃娘は11ヶ月でした。
今この子は5歳7ヶ月になります。
子供が大きくなるほどに、この事故がたってからの日々が長く過ぎているんだなって、すごく感じています。

はじめは何が起きているのかわけがわからず、とにかく、とにかく逃げなくちゃみたいな、そういう思い出3月14日に福島県を出てきました。
事故から2年3年と経っていくにつれて状況の変化を感じられないまま過ごしていて、
「とにかく」という思いから、とりあえず、とりあえずまだこういう生活を続けていかなくちゃいけないねって、
「とりあえずまだ帰れないよね」って言って過ごしていました。

4年目以降は、「とりあえず」とか「とにかく」とか、そういうことは言ってられない状況にはなっていますが、毎日頑張って日々を過ごしています。

私たち家族の望みはひとつです。
子供が大人になって、家庭を持って、この子が出産をするとき、
今、私はお腹に赤ちゃんがいまして、来年(2016年)の1月に出てくるんですけれども、
この子たちが子供を産むときに、安心して、何の不安もなく出産ができる。
どうしよう、なにか、お腹の子供に何かがあるんじゃないか、どうしよう。
そういう思いを持たないで子供が過ごせるように。
それだけが私たち夫婦の望みです。

よくチェルノブイリと比較されますが、先日ある団体さんがウクライナに行ってきたという方たちがいて、
そちらの映像を見せてもらったんですけれども、
やっぱりまだ、まだというか、もう29年以上経って、2世3世と言われる方たちが出産したり子育てをしたりしていると思うんですけれども、
その子供たちにやっぱり何かしらの影響が出てきていて、その見せてもらった映像の中でも、生まれて3年しか生きられないというお子さんの映像を見せてもらったりとか、そういうのを見ていると、もしかしたらそういうことは福島にも起きうる話なのかな、って、やっぱり比較してしまうことが多くて、そういうものなく過ごせる環境が一番だなとは思っていますが。
チェルノブイリである地区、ゴメリという地区なんですけれども、
以前に見たニュースだと98%の子供たちが、何かしらの疾患、心臓疾患が一番多いそうなんですけれども、
そういうものを背負って生まれてきていて、たった2%しか普通に、正常に生まれてくる子供がいないというものを見たときに、やっぱりそういう思いを自分たちの子供にさせたくないという思いが一番強くて、こういう避難生活を続けています。

今すでに福島は安全とされていることも多いですけれども、本当にそうなのでしょうか?
まだまだ納得して帰れるとは私たちは思っていません。

でもいま、国や福島県の方針で帰らせられそうな状況になっています。
平成29年の3月いっぱいで、いま住んでいる住宅というものが打ち切られるようになって、
私たち自主避難者は、特に何の保証もありません。

「自主避難というよりは、自費避難だよね」と、友達と話していたこともあるんですけれども、
そういう話って笑って「なんか私たちって本当に自主避難じゃなくて自費避難だよね」と笑って話しますけど、
笑っている内情では、実はありません。

私たち母子避難は、パパが仕事で地元に残って、生活をするために仕事をしていて離れて暮らしていることがほとんどです。
もちろん福島でいままで住んでいた家というものには主人が住んでいるのでそちらの家賃と水光熱費というものはかかってきます。
避難していると、東京なら東京、山形なら山形、避難している先でそちらにかかる生活費用というものも二重にかかってくるので、二重生活ってよく言われますけれども、出費も大体二倍ぐらいになってくることがほとんどだと思います。

主人は、一人暮らしをしたことのない人だったので、日勤と夜勤とを繰り返すような仕事をしているので、
体力的にもギリギリなところがあって、自炊ができないことも多くて、コンビニでご飯を食べることが1日だったりとか、休みの日だともう疲れて何もしたくないから1日何も食べないとか、よくあることみたいです。

いま、住宅が無償提供されているので、なんとかギリギリ生活していくことができていますけれども、
それがそういうことでなかったり、自分たちでどうにかしていこうと考えることもありますけれども、
事実上、ちょっと難しいかなと、選択せざるを得ない状況です。

地元の友達からはよく「お金があるから避難できるんだよね」って、
「お金があるから避難しているんでしょ」ってよく言われるんですけど、
お金があるないとかじゃなくて、お金が無いなら無いなりに、
やらなければならない自分たちの子供に対しての責任っていうものを感じてやっていますし、
私も都内に出てきてパートも始めましたし、
東京に住んでいることの一つは、福島県のいわき市から主人が通えるギリギリの距離。
大体200〜250kmぐらいですかね。
離れているのがこれ以上かかると、主人が会いに来れるペースというのが、いまですら2週間に一度ぐらいなのに、それがもっと遠くなると月に1回だったり、半年に1回だったりというふうになってしまうと、子供が寂しい思いをするので、ギリギリの距離は東京かなと思って都内を選んでいます。

主人はすごく頑張って仕事をしてくれていますが、生活状況からすると、クレジットとかもあるのでそちらを使用することもありますが、2週間に1回主人が来たときに、「ごめんね、これで頑張ってね」と言って1万円を渡すのが精一杯です。
それで彼は次に来るまで過ごします。

本当にギリギリの生活をしています。
いま家から追い出されたら、私たちはどこへ行けばいいのでしょうか。
不安だな、子供のことが心配だなと思いながら、福島に帰らなければいけないのでしょうか。
それとも地べたに座るように生活をするんでしょうか。
いま本当に住宅が打ち切られることが切実な悩みです。

ちょうど打ち切られるときが子供が小学校に入るときです。
子供が大きくなっていくということも考慮して、国や福島県や、そういう私たちの思いを一緒に伝えてくださる皆さまも、子供が成長しているということも踏まえて一緒に戦っていきたいなって思って今日は参らせていただきました。

どうもありがとうございました。






<ディスカッション>「避難を続けたい避難者が追い出されてしまうかもしれない」現在避難者がおかれている状況(文字起こし)




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コメント

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がんばれ!

> 主人は、一人暮らしをしたことのない人だったので、

御主人にとっては貴重な体験ですね。
考えようによっては、成長する良い機会です。


> 主人が会いに来れるペースというのが、いまですら2週間に一度ぐらいなのに、それがもっと遠くなると月に1回だったり、半年に1回だったりというふうになってしまうと、子供が寂しい思いをする

昔の東北人は冬場の出稼ぎが当たり前でした。
数ヶ月戻らないことも当たり前でした。
しかし、子供は立派に育っています。

石原裕次郎のお父さんはお金持ちでしたが、
家にはほとんど帰っていません。

キャリアの公務員は単身赴任が珍しくありません。

言い方は悪いですが、現在では下流階級の家庭の方は毎日家から通っていますが、
キャリアというか、上級公務員や一流企業では全国、全世界を飛び回りますので、
学校のある子供を連れて歩かず、単身赴任をする方が比較的多いです。

その方たちでさえ「子供がかわいそうだから」という言い訳で遠隔地への転勤を断ろうとします。

しかし本音は「子供がかわいそうだから」ではなく、
「自分が子供のそばにいたいから」というケースが非常に多いのが現状です。

子供は親の背中さえ見せていれば立派に育ちます。
たとえ会える時間が少なくても、子供はその短時間で愛情や想いを受け取ります。

ご主人が子供に会いたいのなら、東京で仕事を探せば解決します。
職という「日常」を変えるのはストレスでしょうが、
それを乗り越えることなく、現状を変えることはできません。

今は70代まで現役で働かなければ老後は生きていけません。
ご主人の転職は人生にとって「チャンス」だと思いますよ。

やる気になれば、何でもできるし、社長にもなれます。
できないのはやる気がないだけです。

がんばれ!



きーこさん、ありがとうございます。

避難者の声、昨夜Aさんだけ読みました。さっきBさんからGさんまでも読みました。こんな苦しみの中、生きている人たちがたくさんいるという現実、ものすごく重いです。なんにも責任のない人たちがどうしてこうも苦しまなければならないのか?ものすごい理不尽を感じます。
消費税を10%に上げて潤う政府は自らの国民を助けよ。そう思います。
きーこさん、いつもありがとうございます。こういうナマの声を全然発信しない大マスコミに比べ、このページはとてもとても貴重です。お体に気をつけながら、ますますの情報発信をお願いします。
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