2「東電と経産省が書いた悪意のシナリオ」菅元首相&広瀬隆氏 対談(文字起こし)

2015年 11月 1日  菅元首相&広瀬隆氏 対談


菅直人:
ある時期からかなり意図的な部分が起きました。
それが先ほど広瀬さんが言われた、実は浜岡原発を経産大臣と私で止めてくれと言った、5月6日です。
その後から非常に動きが、今考えてみると強まったんです。
ちょっと順を追って言うとですね、
浜岡原発を止めるというのはですね、実は経産大臣が特に私に言わないで、5月2日に現地に視察に行ったんです。


広瀬隆:そうですね。


菅直人:
帰ってきて翌日に私のところに来て、それで「止めた方がいい」と。
私も個人的には止めた方がいいと思ってたので、
担当大臣が言ってくれたので、ある意味では渡りに船で、「じゃあそうしましょう」と、止める様相をしたんですが。
お膳立ては、実は経産の事務方が一つのシナリオを書いていたというのが後でわかるんです。



広瀬隆:えっ!それは知らなかったです。

1
菅直人:
証拠が100%あるわけじゃないんですけど、ほぼ分かる。
どういうシナリオか?というと、
浜岡はやはり南海トラフの一番の震源地ということがみんなね、心配していると。
だから、ここは、ある意味で止めようと。
つまり経産大臣に手柄をさせようと。
しかしこれはあくまで、一番地震で危険なところだから止めるので、「他は大丈夫です」と。
これは止めるけど他は大丈夫ですというのを、浜岡を止める時の記者会見のごがんに、経産大臣用のごがんには入ってたんです。

ただ、私が「記者会見は自分でやるから」と言って、結果的に経産大臣じゃなくて私がやったものですから、私はそういうのは初めから言うつもりはなかったからですね、止める理由しか言わなかったんですね。

速報!!浜岡原発全て停止(追記あり5/7)
6日19時すぎからおこなわれた菅総理の記者会見の全文


その後からですね、ほぼその翌日とか翌々日から玄海原発の再稼動の動きが始まったんです。
経産大臣が現地に行って、今衆議院議員になっている知事(古川康)とかですね、いろんなところと話を始めて、それで新聞紙上でも玄海原発の再稼動の話がどんどん出るわけです。
その時にある記事がですね、当時の佐賀県知事が、簡単にいうと経産大臣は了解のようなことを言っているけれども、総理はどうなんだ?ということを記者に。
総理はどうなのか?ということを言っていたのが記事に出たんですよ。
ま、簡単に言えば私に聞いてきたみたいなものですよね。
だから私はすぐに経産大臣に電話を入れて、
「玄海について再稼動するかしないかは最終的に法律でいうと誰が決めるんだ?」と聞いたんです。
そうしたら経産大臣が、事務方のサポートもあったんでしょうが、「原子力安全保安院です」と。

古川康
ふるかわ やすし、1958年(昭和33年)7月15日 -日本の政治家、自治・総務官僚。自由民主党所属の衆議院議員(1期)。元佐賀県知事(第55・56・57代)
2003年佐賀県知事選挙に自由民主党の支持を受けて無所属で出馬し、初当選した。以後、3期連続当選。2007年の佐賀県知事選では自民・公明両党の推薦を受け、2011年の佐賀県知事選では自民・公明に加え、民主党からも推薦を受けて再選された。
2014年11月25日、佐賀県議会本会議において、次期衆議院議員総選挙に佐賀2区から自由民主党公認で出馬する意向を表明。同年12月14日投開票の第47回衆議院議員総選挙では、佐賀2区で民主党前職の大串博志を破り、当選した(大串も比例復活



広瀬隆:ん〜〜

菅直人:
言うから、
「原子力安全保安院だけで決められるのか?」と聞いたら「そうです」と。

しかしいくらなんでもですね、あの事故を止められなかった原子力安全保安院がですね、単独で決めるというのは国民的に理解できないんじゃないの、と。
それで、多少のやり取りはその後ありますけれども、条件を厳しくしたんです。
一つは例のストレステスト。
一つは原子力安全委員会の介入。
それから地元合意。
最後は総理と官房長官と経産大臣と原子力担当大臣4人の最終的な判断。
この条件を暫定的にルールとしたんです。
法改正はすぐにはできませんから。

それでその後、その全ての条件を定期点検に入った原発がほとんどクリアできなくて、それで順次止まっていったんです。
それで唯一そのルールで再稼動になったのが、野田内閣の時の大飯原発です。


2


広瀬隆:ええ。

菅直人:
あの時も当初は関西のいろんなところが反対していたんです。
たとえば当時の橋下市長はね、最初は反対してたんです。

広瀬隆:そうですよ。

菅直人:で、ある時にコロッとなって、

広瀬隆:そう!

菅直人:
もう動いたでしょ。
結果的に関西連合という自治体も「OKだ」となったんで、
それから経産省も、特に関電は原発比率が高いから、これで全部止まったままだと電気が足らなくなるから。
停電起こすから。とかいろいろ言ってきて、
最後は、野田内閣の時ですけれども、さっき言った条件、つまりはストレステスト、安全委員会、保安院、それから4人の閣僚、地元の合意ですね、それをクリアして唯一再稼動が認められたのがあの大飯なんです。
ま、相当、当時非難をされました

広瀬隆:
いや、だけどね、あの時は。
動かすって言う前、6月29日、忘れもしない国会議事堂前というか、首相官邸前に20万人ですよ。

菅直人:はいはい。

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広瀬隆:
だから本当にみなさん、報道界のみんなも歴史的瞬間だって言ってね、この国民の怒りを。
まあ結局、今現在と比較しますと、結局あの野田内閣のああいう暴挙が民主党を崩壊させたんです。
あの時に、民主党の政権が終わったんですよ。
そのあと一応12月まで維持しましたけど、結局はあれが、要するに国民の怒り。
で、翌月の代々木公園の大集会もすごかったですけど、結局そのままずるずる来てね、最後に崩壊しちゃったんです。
それで作ったのが、出てきたのが安倍晋三内閣なんです。
だから、

菅直人:
もうちょっとですね、あの。
今言われた部分は、さっき言ったように、
私はギリギリ、ま、経産省の体質もわかっていましたから、「足らない足らない」と言ってくるだろうと。
しかし、やりようによればなんとかなるんじゃないかと個人的には思っていたんですが。
一応さっき言った私が総理の時に決めた暫定ルールはクリアしたので、良い悪いは別としてですよ。
結果として内閣がそれを容認したんです。
で、それが今言われたように非常に大きな反発を買うわけですが。

もう一つ実は、浜岡の原発を停止したあとから、
さっき言ったように、経産省としては次々と再稼動しようと思っていたわけです。
それが、条件を厳しくしたために、逆に再稼働どころかどんどん定期点検で止まっていったわけですよ。

そこで、私が見るとですね、経産省が猛烈に危機感を持ったんです。
猛烈に危機感を持った。


広瀬隆:なるほど。

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菅直人:
菅政権のままだと本気で原発を全部止められちゃうと。
それで、ある段階から東電と組んで、私の引き下ろしに入るわけです。

広瀬隆:なるほど。

菅直人:
一番わかりやすい例は、同じ5月の20日ですか、
今の総理の安倍さんが自分のメルマガで、
「3月12日の1号機に海水注入してたのを止めたのは菅総理だ」というのを書いたんです。
それで、翌日の朝の読売新聞1面トップが


広瀬隆:それはリークですよ。

菅直人:
1面トップが「菅総理が止めた」と。
1面トップですよ。
書いたんですよ。

それで、書いたのは読売産経です。
読売はトップです。
産経も1面です。

それで、それをベースに今度は国会で自民党が私に対してそのことをどんどん攻撃して、
最後はそれを理由に入れて、不信任案を出したんです。
それが6月2日に出てきたんです。
当時、民主党の中もガタガタしていたこともあって、それで私がギリギリ目処がついたらあとは譲るという話につながるんですが。

で、そのあとの経過をいろいろ調べてみたんですよ。
そしたら、東電がその情報を流したんです。
東電がいろんなマスコミに話に行って、
ある社は裏を取ろうと思って取ってみたら「どうもはっきりしない」と。
必ずしも当時の菅総理が止めろと言って止めたということははっきりしないと言って書かなかったんですよ。
書いたのは読売と産経。
一部テレビがやりました。

実はそこもですね、非常に微妙な問題なんですよ。
その報道が出た1週間後に吉田所長が自ら「実は止めてなかった」と言ったんですよ。



広瀬隆:そうですよね。

菅直人:
そうでしょ。
そこのプロセスというのは結局、私の方は12日の夕方渡辺さんたちと会った時に、
一つは水素爆発のことがあったので海水を入れた時の塩分の影響はどうか?とか、
メルトスルーした時の再臨界のことを、時間が1時間半ぐらい余裕があるというんで聞いていてんですね。
それでその、海水を入れることについては誰も反対してなかったんですが、
そのあとですね、打ち合わせが終わったあと、竹黒フェローが1時間半は準備にかかるというから、1時間半のうちにそのことについて検討してくれと言っていたら、電話してみたらもう始まっちゃってたんです、海水注入が。
そして彼(竹黒フェロー)がどういうわけか、「止めろ止めろ」と言ったんです。

私はこれが、一番実はわからないんです。
竹黒さんというのは原子力の専門家ですからね、ご存知のように。
その人が、淡水が無くなれば海水しかないんだから、当然入れるべきなのに、
もう始まっていると聞いたら「止めろ止めろ」と言って、
それで副社長まで引っ張り出して「止めろ止めろ」と言って、
それで吉田所長は困って、それで芝居を打ったんです。

実際は「止めるなよ」と部下に言っておいて、
わざとテレビ会議に聞こえるように「止めろ」と言ったわけです。
それで本店は止まったとその時に思ったんですよ。

その情報を政治家でいうと安倍さんに、マスコミでいうと川上さんに全部流して。
ですから、安倍さんがメルマガに書いた5月20日と読売と産経が書いた5月21日というのは、
まだ、本店の一部は確かな情報を持っていなかったんですよ。
つまりさっき言ったように、現地と本店の情報が食い違っている、まさにその例で、
現地は何人か知っているはずだけど、吉田所長が命令しているんだから。
だけど、テレビ対応しか見ていない連中は止まったと思ったんですよ。

それで、その情報を持ってマスコミが動いて、
実は竹黒氏が言ったとなったということは本店はわかっているのに、菅が言って止まったと。
「官邸が」っていう言い方がですね、竹黒さんが官邸に来ているから
「官邸が」というと、なんか私が言ったようなこととごっちゃごっちゃにしたんです。


それからわずか5日ぐらい経った時に、IAEAが来るというんで、
それで吉田所長が、「あの時ああいう芝居を打ったけどやっぱりちゃんと言っておかなきゃまずい」と言って、
「実は止まっていなかったんだ」と言うんですね。

ちょっと話が非常に細かい話になりましたが、
さっき言われた「足を引っ張る」という意味じゃ、非常にそこから強烈だったんです。



広瀬隆:悪意のある作戦ですね。

菅直人:もう決定的ですよ。

広瀬隆:ね!

菅直人:そのシナリオを書いたのは東電と経産省だと私はみています。

広瀬隆:
なるほどね、それはそうですよ。
そういう裏があったというのは私気がつきませんでした、いろいろ読みましたけど。

https://youtu.be/HbYSys-u2jU?t=27m58s
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菅直人:2年前にそのことを根拠にして、安倍総理に名誉毀損で告発しているんです。

広瀬隆:そうだったんですか?

菅直人:
全部表に出てるんですよ。
マスコミ呼んで告発して文書も全部。
マスコミが書かないんですよ。


広瀬隆:おかしいですよ、今の。

菅直人:
だからまさにマスコミ問題をさっき広瀬さんは言われましたけど、
私を叩く時のマスコミの書き方も、明らかに読売が、つまりそういう情報を積極的に流す。
そして逆に私がそれを理由に名誉毀損で訴えたのは一切扱わない。

当然知ってるんですよ、もちらん。
だからそういう意味ではものすごくですね、今度の問題は、
特に読売・産経は、私の引き摺り下ろしから現在の再稼動の推進まで徹底してます。
この2社はですね。

広瀬隆:
そうですね。
ま、読売と産経については私はよく知ってますけれど、
だけどそうやって菅さんが消されたというかね、要するに権力から遠ざけられて、


菅直人:
ま、それだけが理由では、それだけではないんですけれど、
つまり、民主党の中がもうちょっとまとまっていれば、それをはね返せたんですが、
一つの少なくとも不信任案を自民党が出す時の根拠に、私の、そういう海水注入を止めたというのが非常に事故を拡大させたんだという、それも事実上の理由にして。
それを回避するために私が結果的に後に譲るということで、結果9月2日に辞めたんですが。

ま、不信任案が出されたのは一応否決はしたんですけど、そういう経緯があったということです。


広瀬隆:
でもそもそも、あの吉田所長は一面でいうと、亡くなった人だからあんまり悪口は言いたくないけど、タヌキですよ。
そもそも彼が、管理部長の肩書きかな、あの時代に全部「津波は大丈夫」みたいな、ね、見逃した当人で。
しかも、後で本当にたまげましたけど、
「水素爆発が頭になかった」って言ったんですもんね。

菅直人:あっ、彼もですか?

広瀬隆:そうですよ。

菅直人:私が聞いたのは、全然別の、つまり班目さんが言われただけで。

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広瀬隆:
いや、そうじゃなくて、後のいろんな議事録なんかでね、彼が。
「水素爆発は頭になかった」
所長ですよ。
私が自宅にいてわかることを所長が「わからない」って、もうこんな会社なのかと思ってね。
私が菅さんだったら、本当にもっと大きな声で怒鳴りつけたと思いますけどね。
だから、


菅直人:
わたしは、吉田所長はですね、偶然大学の後輩ではあったんですが、全く面識はなくて、
初めて会ったのは翌日の朝なんですが、
少なくてもその現場の、12日の朝会った時の対応は非常にはっきりしていました。
つまりは、ベントが出来ない理由を、「こうこうこういう理由で。だから最後は決死隊を作ってもやります」と。
だから、わたしはその時の感じは「この男ならしっかりやってくれるだろう」というのは。
基本はその思いは今でも変わりません。
ただ、いま広瀬さんが言われたように、彼がそのポストに就く以前にですね、色々と津波のことが検討されたのに配慮しなかったというのをその後のいろんな検証の中で読みましたけど、直接会った時に感じたのは、少なくとも割とずけずけものを言うですね、



広瀬隆:一応、ま、部下を守るというか、そういう意味で発言して、なおかつ現場を守ろうという。

菅直人:そうですね。

広瀬隆:
その流れはわかっています。
ただ、あの説明の中に随分すっ飛ばしている部分があるだろうな、というのを我々は感じるんです、実を言うと。
本当のことをまだ言っていない。
要するに、はっきりもっと言うべきことを言ってあの世に行って欲しかったな、というのは今思うんですけどね。
ま、じゃあ、福島の事故についてはそのぐらいにしておきましょう。


つづくー







2015年 11月 1日  菅元首相&広瀬隆氏 対談  文字起こしブログ

1「水素爆発の可能性は全くありません」菅元首相&広瀬隆氏 対談(文字起こし)

2「東電と経産省が書いた悪意のシナリオ」菅元首相&広瀬隆氏 対談(文字起こし)

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4「30km県内自治体の了解がとれていないのは違法だ」菅元首相&広瀬隆氏 対談(文字起こし)







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菅直人の致命的な失敗は何か?
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二度と国民の前に姿を現さないでほしい。

頸惨焦も軍官産複合体の一角だったのですね‼︎

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