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1.元・イチエフ作業員からの報告


2016年1月12日
池田実「元・イチエフ作業員からの報告」


フクイチ

去年の4月末までイチエフ、福島第一原発で働いていました。
その前に除染の方で、浪江町の除染にも入っていたんですけど、1年2〜3ヶ月福島にずっと行っていまして、
その辺のお話をして、質問などあれば伺いたいと思います。

今63で、まだまだ元気で働いている人もいますけど、私としてはこれで福島を切り上げてということで、
集会とか原稿とか、全て今は実名でやることにしています。

漫画で「イチエフ」というのもありますけれども、なかなか実名では中のことを話すっていう人はいなかったと思いますけど、やはり、責任を持ってと言いますか、自分の名前を出して顔も出して中のことを伝えるというのが、私としてはそれが福島への恩返しといいますか、そういうことで今こういう形でお話するという機会を得ています。

じゃあ、私が福島で見たことなどをお話したいと思いますけれども、
私は郵便局、東京の郵便局で働いていまして、一昨年定年になりまして、
再就職、再雇用という話もあったんですけれども、あえてといいますか、郵便局じゃない違う世界で仕事したいという思いがありまして、
そこではやっぱり東京ということで、福島からずっと電気をね、享受していたということもありまして、
福島311以降の話を新聞テレビ等で見るんで、やっぱり自分としては東京に住んでるんで何かしなければならない、贖罪ではありませんけれど。
ということがずっとありまして、定年ということがいい機会だと思って、福島に行こうと。
行って働こうというふうに自分で思いました。
そういうことがありまして、定年後に渋谷のハローワークに行って。
最初は第一原発で働きたいと思ったんですけれども、求人票をいろいろ見てみると、確かに第一原発はあったんですけど、年齢がやっぱり60歳以上っていうのはなかなかなくて。
あっても、2〜3件ハローワークの人に電話で聞いてもらったら、元請けの方から「60歳以上はとらないでくれ」と言われているということで。
じゃあ、これはダメだなということで。

その前に除染というのが結構、求人票で、勤務地で福島といえば、「除染作業」というのが何十件も毎日出るんですけど。
「だったら、まず除染でやってみよう」ということで、除染の方を選びまして、
何社かあったんですけど、一番大量、大量というか、人数が20名という。
5名とか10名というのもあったんですけど、やっぱり20名、多い方が。
素人ですからね。
一緒にやった方がいいかな、ということで多い会社を。
そして株式会社、比較的大きな、人数だと500人ぐらいの会社ですね。
ま、大きいからいいかな、と思って選んで。
そしたらもう直ぐに採用ということで。

「直ぐ採用」っていうのにもびっくりしましたけど、
「履歴書は後でいい」と。
「面接はどうなんですか?」と聞いたら「いや、面接はいいから」ということで、

準備期間があって、向こうの書類とか相手の仕事の関係で待機というのがあって、
最初は年末って言ってたんですけど、それが伸びて、結局1月からということで、
最終的に2月、一昨年(2014年)の2月ですね、浪江町の方の除染に入りました。




https://youtu.be/TpyvZhPLMIg?t=5m20s

宿舎は私の元請けの安藤間(安藤ハザマ)組JV企業共同企業体、その宿舎ということで、まぁ、後から思えば良かったんですけれども、プレハブの2階建てで、風呂場とか食堂とかも完備されていて、朝も食事ができる。
もちろん金はこっちが払いますけれども、夕食もあるということで。
で、個室ということでね。
狭い、2畳ちょっとぐらいですけど、そういう寮で。
そこから浪江町の方に通ったのが2月〜5月までですね。

当初の労働契約では「1年以上は仕事がある」ということが書かれていまして、
会社の方からも「1年以上は働いてもらうよ」と言ったんですけど、
実際は、除染の中身といいますか、浪江町の浪江高校の裏の川の土手と河川敷の除染ですね。
草を刈って、草刈機で刈って、それを熊手で集めて、それをフレコンバック、黒いバッグに入れる。
それをずっと。
その土手は1km以上、長い土手なんですけど、そういうところの除染をやったんですけど。

最初20名だったんですけど、実際に集まったのは7人しか集まらなくて、
その7人の内訳は、私は東京ですけど、青森、山形、大阪、沖縄、鳥取という、本当に全国各地から集まってたんですけれども。
その7人でずっとやったんですけれども、
当初20名の予定が7名しか集まらないって
最初はだいぶ急かされて、私ともう一人25歳の青年なんか仕事をしたことがないっていうぐらい、
国立大学でのボーっと、エリートみたいな、言っちゃ悪いけど、そういう人で、ど素人が私を含めて二人いたもんで、で、人数も少ないということで、だいぶ急かされたんですけれどもね。

ところが、応援部隊も入ったりして、5月ぐらいになると、もう「次の仕事がないよ」と言われて、
結局工期が、一応長かったんですけど、もう5月全部仕事がないと。
次の仕事は一応あるんだけれども、3ヶ月後にならないと入らないという、現場には行けないということを言われまして、不本意ながら6月末で上の方から「仕事がない」と。
みんな怒ったり、「解雇か」って怒鳴ったりした人もいたんですけど、
上の方では「解雇じゃなくて、希望すれば他の仕事がある」
建設会社だから、除染じゃなくて、仙台の方の土木作業ですね、その会社の。
で、「給料は若干下がるかもしれないんだけれども」というんですけれど。

実際私がもらっていたのは、危険手当が1日1万円。
日給が7000円ということで、1万7000円もらってたんですね。

それが「若干下がる」と言われても、仙台で危険手当なんか出るはずもなくて、だいぶ下がるというのは明らかなので、みんなもう、結局6月末で辞めていったというような結果になりました。

だから後から見たら大体除染というのはそういうのが多くて、工期が半年とかあっても、その前に終わるとかいうこともあって、
雇い止めみたいなことが多くて、次まで待機というんですけどね。
給料が半分出る会社もあるんですけど、ほとんどの会社は待機中は給料は出ないということで、
ま、宿舎で1ヶ月待つという人もいたんですけど、結局そういうのがあるから、大体除染作業員は仕事中に次の仕事をね、どんどんハローワークだとか頼って、いいところというか、給料がある程度出て、というのを探しながらやっているような、本当に渡り鳥的な生活なんだなということを除染の時には思いました。

除染の時は2次ですね。
元請けが安藤間組の下にもう一つ建設会社があって、その下の会社ということで2次だったんですけど。
というk遠出また東京に帰りまして、ハローワーク通いが続きまして。
ところが不思議なことに今度は、ハローワークに行ったら、いくつか第一原発の仕事があったんですね。
聞いてみたら「60歳以上でも構いませにょ」という会社があって、
それが何故だか、人手不足だからかどうかわからないんですけど、たまたまなのかわからないんですけど、
で、見つかって、8月から行くことになりました、第一原発。




https://youtu.be/TpyvZhPLMIg?t=11m25s

今度の会社は元請けが東京パワーテクノロジー
TPTという、東京パワーテクノロジー。
前は東電工業って言ったんですけど、東京電力の100%子会社です。
その元請けがあって、その下にあって、またその下にあって、その下。
だから3次下請けですね。
除染の時は2次。
第一原発は3次ということで。

そのせいか?っていうことでもないんでしょうけど、給料は14000円でした。
だから下がったんですね。

一応危険手当、「危険手当」という言い方はしなかった「特殊勤務手当」とか、いろいろ言い方を変えたんですけれども、
4000円。


で、日給が1万円という。
変な話ですけど、除染の方が危険手当が全然高い、倍以上というようなことになったんですけど。

宿舎については、前のところは上の方でプレハブを作ってそこに入ったんですけど、
今回はもう3次の私の会社が自分の、自社寮っていうと聞こえがいいんですけれども、
民間のアパートで、本当に古いアパートとか、貸し家を幾つか、いわき市内に何件か持ってて、そこに入れられたということで。
だからまぁ、タコ部屋ということではないんですけれども、最初入ったところはアパート、6畳、8畳にふたり。
一間はあったんですけど、そう言っても風呂とかガス台とか台所は一つですから、プライベート空間っていうのはあんまりなかったかな、という感じでしたけど、
それからまた寮に移ったんですね。
移らされたんですけど、もっと、今度は貸し家ということで、部屋が4つあって、そこに7人ということで、
今度は6畳に私ともう一人、岩手の人かな、一緒に。
ま、本当にプライベート空間で、テレビは一つを一緒に見るとか、
で、7人、台所はあるんですけれども、冷蔵庫が二つで棚で分けたり、トイレとか風呂はもちろん一つですから、その順番だとか。
結構7人が一つ屋根の下で暮らすというのは、この歳になって大変なもので。
いろいろ、イビキがうるさいだとか、風呂が長いとかトイレが長いとかね、
そんなことで変にギスギスして、非常に住み辛かったとかありました。

仕事の方ですけれども、第一原発の仕事というのは、上から言われたのは「可燃物等の分別回収業務」というんですね。
中身は何か?というと、構内のゴミの分別回収ですね。
外の瓦礫はもうすぐ収束作業で邪魔になるということで、すぐに回収撤去されたんですけど、
建物の中にあるゴミ、本当に事務処理ですか、紙類だとか、いろんな事務用具とか、
そういうのが手付かずだったんですね。
それを回収分別するっていうのが私たちの仕事でした。

それは今、構内で大型減容焼却炉というのを建設して、建物ができたんだけどそれがまだ運用していないんですけど、それは、7階建てとか8階建ての大きな焼却炉ですね。
そこができるので、そこに紙類だとか、あとは木なんかも、今保管しているんですけれども瓦礫ですね。
燃える木とか、あとは保護衣、タイベックというんですけれども、覆いを集めて保管しているのを、そういうのを全部燃やすということをやるというので、それで私たちが残されたゴミを集めて持っていくという仕事でした。

で、場所は、最初は事務本館。
免震重要等のすぐ隣なんです
けれども、福島第一、第二原発のいろんな厚生。
給与だとか、福利厚生。
事務職員が事務作業をやっていた結構大きな建物で、そこの中の書類だとか、いろんな、事務用品だとか、様々なものを、袋に、燃えるごみ、プラスチック類、鉄類、ゴム類などに分別して袋に詰めて、コンテナに入れるという、その作業を最初にしまして、
それが8月下旬から9月ぐらいまでですね。

8月ですから、当たり前ですけど暑いんですよね。
全面マスクをして、つなぎの、タイベックっていうんですけど、保護衣を着てやるわけですから、
本当に、毎年何十人も熱中症になるということを聞いたんですけど、やっぱり実際に入ってみると身体中が汗びっしょりで顔からも頭からも額からも汗が出るということで想像以上に大変だったなというのがありましたけれども、
熱中症予防ということで、今東電の方から暑い時はサマータイムということを言われていまして、1時間、原則1時間で作業を切り上げるということが上の方から言われていまして。
特に30度を超えて35度近くになると、湿度を見て、指数が高くなるという時はもっときっちり1時間経ったら作業長の方から「おしまい」というふうに言われてやったもんで、最初はきつかったんですけれども、慣れてくると本当に楽な、仕事をした気がしないというか、1時間ですからね。
そのような感じで最初の頃はしていました。

そのあとは2時間でも、勤務時間の面で言えば長くても3時間、普通は2時間。
9時40分ぐらいから、通常ですね。
で、12時前後ぐらいに終わるという感じですから、2時間ちょっとぐらい、実働ですね、通常の場合は。
というのが日常でしたので、除染と比べれば体力的には楽でした、正直言って。

除染の時は目一杯、朝6時半に出て7時半からラジオ体操して開始して、終わるのはやっぱり4時半。
本当は4時っていうことだったんですけど、実働、実際はもう、後片付けだとかミーティングだとかで5時過ぎる、現場でね、サービス残業みたいなことも結構ありましたので、もう目一杯でした。
だから8時間以上勤務が除染の時はあったんですけど、それに比べればイチエフは本当に2〜3時間という感じで、体力的には楽かな、という気がしました。

そうはいっても線量は10倍以上といいますか。
例えば除染の場合は1日8時間働いても…
桁が違うんですけど。
除染の時は3とか4というのはマイクロでいうんですけれども、
イチエフでは3とか4とかはミリなんですね、つまり1000倍の単位で通常いうんですが、それが全然違う世界に来ちゃったっていうふうに思ったんですけど。
例えばイチエフの時は、毎日戻ってきて線量計APD(警報付ポケット線量計)を見るんですけれども、
そこで0.03とか0.06とかって、こう見て、お互いに「お前いくつだった?」
「今日は6だ」「今日は3だ」というのを休憩所に来て見合わせるというか、そういうのがあったんですけど、
その時の単位が6というのが0.06ミリシーベルトですね。

方や除染の時は、5マイクロシーベルトですね。
だから全然単位が違うということで。

除染の時は8時間働いて5とか6マイクロ。
イチエフの方は2時間で0.05とか0.06ミリ(60マイクロ)なんですね。
だから単位が10倍、20倍ぐらいあたりまえですけどイチエフの方が被ばく線量としては高いという感じでした。



https://youtu.be/TpyvZhPLMIg?t=22m5s

それから、事務本館から今度は1号機のサービス建屋という、サービス建屋というのはあんまりご存知ないかもしれませんけれども、タービン建屋というのがあって、タービン建屋の中にサービス建屋という一角がありまして、そこは原子炉の運転管理、保守管理をする部署で、ま、下請けなんですけどアトックス/ATOXという会社なんですけれども、昔は原子力代行という正式名称を会社員が言ってたらしいんですが、全国の原子炉で原子炉の保守管理をする会社です。
その会社が常駐してる24時間管理の部屋がありまして、その中のゴミ分別をやりました。

その次にやったのはホットラボ、ラボは化学実験室みたいな。
要するに原子炉の汚染水とか廃棄物とかそういうのを検査するという化学実験室。
その中の片付けもやりました。

それは書類なんかもあったんですけど、硫酸、塩酸、コバルトだとか、そういう試料もあって、結構危険な場所だったんですけど。
そこの地震とか津波で壊れたビーカーだとかフラスコだとか、そういうものの分別回収もやりました。

本当に手付かずだったんです、全ての部屋がね。

311のまま。
たとえば当日の朝日新聞の朝刊。
3月11日のね、なんかもありましたし、
津波、ホットラボの時には2m、棚にビニールケースがあってそこに水が溜まったんですね。
その中にビーカーとかフラスコとかがあるんですけど、
最初「これ何かな?」と思ったら、津波の波が大きなビニールケースに入って、3年たっても蒸発しなくて、蓋があるので、津波の海水がそのままあったとかというような、生々しいことも感じました。

タービンなんかも実際よく言われるんですけど、タービン建屋で、1号機のタービンを目の前で見るとやっぱりびっくりしますよね。
感激というか、実際に目の前で見る、深緑色なんですけど、GEって書いてあるんですけどね。
そういう1号機のタービンなんかを目の当たりにすると、「3年前まではこれが動いていたんだな」とかね、いろいろと、目の当たりにするとすごく勉強になるといいますか、イチエフに来たんだなということを毎日いろんな場所に行って感じました。

1、2号機のホットラボ。
3、4号機のホットラボ。

1月ぐらいですか、集中処理室といって、4号機の奥にあるんですけど、そこのホットラボの片付けもしました。

集中廃棄物建屋というんですけれども、それはいま、1、2号機の汚染水をためてタンクに送る中継地点になっていて、パイプが縦横無尽といいますか、床にあるんですけれども非常に線量が高いところで、そこに入ると20分30分いればAPD(警報付ポケット線量計)の警報機が鳴ることがしばしばありました。

警報機が鳴るというのは持って行く場合入退●というのがあって、その限度が入る時に3種類あって0.1、0.3、0.8という設定があって、私たちはほとんど0.8という一番高い設定のAPD(警報付ポケット線量計)を持って行って、
その5分の1、0.8の設定の5分の1になると1回警報音が鳴る、0.16ですね。
0.32になると2回目が鳴ると。
で、3回目が鳴ったら、その倍になったら全員撤収と言われていて、
それでも2回なったことも、私じゃないんですけど、ありまして。
そういう時はやっぱりみんなビクつきますよね。

ディラーの方から、「2回目が鳴った人は線量の低いところ」
同じ地域でも、パイプの上はすごく高いとか、場所によって大分違うというのがわかってきたので、
2回目が鳴った人は線量の低いところに移動するという措置をとって、
3回鳴って撤収ということにはなりませんでしたけど、
やはり場所によって、すごく、当たり前ですけど、差があるというのを感じました。

でも慣れっこになっちゃうんですね。
最初はビクついたんですけど、ビビーっていう高い音が鳴ると。
それが毎日すると、全然気にしなくなるという、恐ろしいもんで、ということがあったりして。
それを3月末までやりました。


https://youtu.be/TpyvZhPLMIg?t=28m23s

4月から、去年(2015年)の4月ですね。
「新しい仕事に入る」というので、今度の仕事はリサイズ作業

なんの仕事かな?と思ったら、保護衣、タイベックがすごく溜まっているわけです。
毎日、わたしも移動用の青いタイベック2枚、入る時と出る時に捨てて、廃棄して、
作業した白いタイベックも捨てる。
1日でわたしの場合も3着の保護衣を捨てる、というか置くわけですけれども、
それが他の人もそうですから、毎日1万着以上溜まっていくわけね。
それをいま保管していて、それが容積として多くなるから、それを圧縮して、高さ20cmぐらい幅60cmか80cm、長方形の、20〜30着を圧縮して固めたのが倉庫に保管してあるんです。
それで、先ほど言った大型焼却炉が出来て、そこで焼却しようという段になって、
ところがその焼却口が合わない、サイズが小さいんですね。
で、圧縮した保護衣というのはカチンカチンに固まっているので、それを小さい焼却口に入れられないというので、
今更焼却炉の焼却口を大きくできないというので結局何するか?というとリサイズ


要するに、固まった保護衣をほぐして20リッターの袋に入れ替えをする。
6着か7着ぐらいですかね、入るんですけれども、そういうのを延々とこれからやる
という、4月からね。
言われまして、実際にやりました、

それがすごく溜まっているんですね。
そういう作業をずっとやって、そのあとは今度は中で着た上下の下着の同じようなリサイズ作業もやるということを言われまして、わたしもだから、座ったままやる仕事で、腰もあんまり良くないんで、とか、なんか●もあったりして、1年以上いたもので、家族も「早く帰ってこい」ということもありまして、4月末でこっちに帰ってくることにしました。

で、1年ぐらい学んだことをね、これは是非伝えなくちゃいけないと思って、こういう場でお話しするという機会をいただいてています。


保護衣の焼却できず=設備でトラブル-福島第1
時事ドットコム 2016年2月13日

 東京電力は13日、福島第1原発で、作業員への放射性物質の付着防止に使った保護衣などを焼却する設備の点検口から、本来は発生しないはずの水が滴下しているのを確認したと発表した。10日も設備で同様の現象が見つかっており、廃棄物の体積を減らすための焼却が始められない状況となっている。(2016/02/13-19:48)




わたしは今63ですけど、この1年半ぐらいで線量が7.25ミリシーベルト。
通算の積算線量ですけど、をくらいましたけど、ま、少ないといえば少ないかもしれませんけれど、
10月に第一原発で初めて白血病の労災認定がされた人がいましたけれども、
その厚労省の一応の基準では、「年間5ミリ以上被ばく」というのが一応基準になっていまして、わたしもその基準はオーバーしているということで、実際今も、東京に帰っていますけど、心の中に時限爆弾じゃないですけれども。
わたしは歳で大丈夫という気持ちもあるんですけれども、やはり白血病とかそういうのが発症するかもしれないという不安はわたしもありますし、
中で働いている者は、やっぱりあまり口では言いませんけれども、被爆に対する漠然とした不安というのは感じていると思います。

今後本当に、今再稼働とか言われていますけれども、
もし事故が起こったら、
私達これから、1日7000人と言いますけれども、これから40年、50年、おそらく100年近くかかるとわたしは思うんですけれども、作業員がどんどん投入されるんですけどね。
そういう被ばく者をどんどん作っていくわけですから、そんなことがあってまた再稼働でもし事故が起こったら、私達みたいな作業員がまた投入されるということを繰り返しちゃいけないと思うので、是非、わたしとしても再稼働は許せないというふうに思いますし。
あとは実際に働いてみて、労働条件は非常に劣悪ですね。
先ほどの福利厚生、居住関係もそうですけれども、地域にしても、わたしは1万4000円ですけれども、同じ会社の人でも1万2000円の人もいるし、1万6000円の人もいる。
3次下請けでしたけれども、その社長の胸算用といいますか、それで採用の時期だとか、採用の仕方によって、全然給料が違う。
社会保険なんかも未加入。
除染の時は入ってたんですよ。
会社は社会保険に、年金も入ってたんですけど、イチエフの方は求人票では加味という、全部の会社がそうなんですけど、実際は多くの会社が年金と健康保険に入っていないということなので、あとは連休とか休暇などもないし、そういう労働条件では全然ひどいなという。
これからイチエフの現場の作業員が働きやすいようにするために、是非東電、あるいは政府の国の方にやっていかないと、今後なかなか、長い廃炉作業が先行かないんじゃないかなというのを感じました。









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コメント

非公開コメント

こか方の話を読んで思った事。

二度目の事故は、入る人の目処立たないのではないか?
きっと2度目の頃もイチエフは今と同じようなものだろう。そうであれば二度目の所まで人手は廻らない。下手すれば少子化の中日本人では手が足らず外人を雇用するのだろうが、緊急時がどうなるのか?外人さんだって吹っ飛んだ直後は来てくれないよね、、。
事故も心配だが、その収束も心配になってきた、、。

緊急事態条項

そのためにも、至急緊急事態条項を成立させなければならない!
強制的に人集めをして、原発に放り込むのだ!
行かない奴は、投獄だ!
これは、ネトウヨに嬉しい制度ですな。
いの一番に、志願して行くはずだよね。
ーーきーこ様、いつもながら手間のかかる文字起こし、ありがとうございました。

東電高給取りがやんなさい

元イチエフ作業員の実態を読ませていただきました。たいして高くない日給をもらうために、けっこう被曝されて気の毒に思います。
本来、事故を起こした東電の高給取り、会長、社長、役員をはじめ、幹部連中がやりなさいよ。
何億、何千万と高給もらって放射能のない、きれいなリゾート地で呑気に遊んでる場合か?
これだけの大被害を罪のない人たちに与えたんなら、タコ部屋で臭い飯を食いながら暑い日も寒い日も草刈除染とか放射能まみれの汚れ作業をやんなさい。
ところが、真逆の非道が堂々とまかり通る国なんですね、我らが日本という国は。
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