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質疑4・みんなの党の寺田議員 行政監視委員会5/23(議事録より全文書き出し)

5月23日に行われた行政監視委員会の議事録がやっと出ました
1か月も経ってから出るんですね
この遅さにはビックリです
委員会の途中までは文字起こししていましたが
議事録が出ると思いここまで待ってしまいました。
youtubeと一緒に
改行などを加えて議事録を転記します

参考人
       京都大学原子炉実験所助教    小出 裕章君
       芝浦工業大学非常勤講師     後藤 政志君
       神戸大学名誉教授        石橋 克彦君
       ソフトバンク株式会社代表取締役社長      孫  正義君

みんなの党 寺田議員
・情報の公開度について
・財政が破たんしている中での復興はどうしたらいいか





○委員長(末松信介君) 
寺田委員。

寺田典城君 
みんなの党の寺田でございます。
どうも、参考人の四人の方々には感謝申し上げます。
ありがとうございます。勉強になっています。

私は、一九四〇年生まれでございまして、七十歳です。
ですから、世界第二次大戦というのもよく記憶していますし、
私は、日本はまた大きな間違いを世界に起こしたなと、率直にそのように思っています、
特に政治には責任があると。

そして、ある面では産業なり役所、要するに官僚ですか、それから学問も一体になって、
こういうなれ合いの結果がこういうふうな原発事故なり、想定外という言葉に出るんですが、
それこそ巨大な防波堤、防潮堤というんですか、それも乗り越えるような津波も起きているということなんですね。

私、特に、今過去を振り返ってみますと、東北六県、北海道の知事会というのは毎年二回、三回開くわけですが、
その都度、福島県の佐藤栄佐久知事からは原発の問題については指摘を受けていましたけれども
東北六県、七県で、北海道も含めて、新潟も入っていますけれども、
具体的な取り上げはされなかったことは事実で、
これもっと、もう少しきちっと対応しておれば変わったのかなと思ったりもしております。
率直に反省していますが。

ただ、情報開示が徹底してなされなかった。
福島原発でも含めて、原子力については鉄壁の固さが、政府それからもちろん各省庁あったというのは、
それから産業界が経済コストということも含めて原子力政策を推し進めていったということなんです。

ところが、日本は、今考えてみますと、戦争に負けたけれども、
世界で二番目の経済大国にも、ギリシャ神話よりも神話的な復活も遂げていますし、
それからジャパン・アズ・ナンバーワンとか、今は落ち込んでいますけれどもですね。

その中でやはり、何というんですか、しっかりした総括は絶対的にしなきゃならないというのは私の政治的な考えで、
これは社会運動としてもしていこうと、そう思っています。

それと、今は原発を収束させることが、
今は原発との戦争になっていると思うんで、闘いになっていると思いますので、するべきだと思うんですが、

一つ、小出先生と後藤先生には、何というんですか、
情報公開度ですね、
これだけ言論の自由であってメディアがあふれている社会で、
原発行政に対する情報公開度の度合いはお二方どのように考えていらっしゃるのか、
その辺を一つお聞きしたいと思います。
 
それと、石橋先生と孫会長さんには、
これだけ財政が破綻しております、その中で復興はどうするのか。

地震学から、あのような大きな津波に対応するような、何というんですか、
防潮堤が必要であるのかないのかも含めて、地震学から。

孫さんは多額納税者でございますから、
税の使い方についてある面では今、まあ自然エネルギーのお話はよくお聞きしていますので、
そういう点も含めて、何というか、
私は、あの大きな防潮堤がある面では、申し訳ないことを言うんですが、
あれが安全だという神話になって、私は宮古から名取まで全部見ました、ずっと海岸筋を、
全てがあのとおり破壊されているような状況ですから、
そういうことも含めてお聞きしたいと思います。
ひとつよろしくお願いします。
以上です。

○参考人(小出裕章君) 
今情報公開について御質問をいただきましたので、幾つかお答えしたいと思います。
私は、1973年の秋から愛媛県にある伊方原子力発電所に対する裁判というのを一時期かかわったことがあります。
私自身も証人として出廷しました。

そのころに国を相手にいろいろな論争をして、
この安全性を問うためにはこういう資料が必要なんだということでしきりに要求したのですけれども
国の方から出てくるのはほとんどは白抜きです
資料が出てくると。
それは、伊方の原子力発電所は基本的にはウェスチングハウスという米国のメーカーが造っていたわけですけれども、
ウェスチングハウスの企業機密だということでほとんどのデータは出てこないという、
そういう中で裁判を続けたことがありました。
 
原子力というと、そういう常に企業機密というのが付きまとってきて情報が公開されないということはありましたし、
その一端は実は核という問題、
核兵器の技術開発と共通しているという部分がたくさんあるので
なかなかその情報公開になじまないということがあったのではないかと私は思います。
 
それから、現在の福島事故の経過の中でも、私は情報公開ということで幾つか経験をしたことがあります。
 
例えば、私自身は放射性物質を測定するということを自分の仕事の一つにしております。
その仕事の中で、3月15日に、この東京の空の空気の中にどれだけの放射能が飛んできていたのかということを
測定したことがありました。
その測定値はかなり高いものでした。
1986年にチェルノブイリという原子力発電所で事故が起きて、日本にも放射能がたくさん飛んできたことがあって、
日本中それが問題にされたことがあったのですが、
そのときのチェルノブイリのときに飛んできた放射能に比べれば何百倍、何千倍も強いというような、そういう放射能が、
まあ距離が近かったせいですけれども、福島からこの東京に到達していたのです。

そのことを多分、行政の方は把握していたはずだと思いますけれども、
そういうデータはなかなか出てこないという事態に私は直面したわけです。
 
私は、それを測定して、京都大学原子炉実験所の中のセミナーで公表をすることにしました。
そのときに、原子炉実験所の所長から声が掛かってきまして、ちょっと待てと。
そういうデータを公表するとパニックをあおることになると。
ですから、データはなるべく公表しない方がいいというふうに所長は私に言ったのです。

その所長は私は結構信頼を寄せている所長で、話は彼とはよく合うと私は思っていますけれども、
それでも一つの組織のヘッドになってしまうと、
国が恐れているパニックということと軌を一にして、情報をなるべく統制して出さないようにしようという、
そういう力が働いたということがあったと思います。
 
多分、行政の方はもっともっとずっと厳しく測定データ等の統制をしたのだろうと私は思いますし、
個人の名前は言えませんが、
私の同僚でも、たくさんの圧力を受けて自分が調査をしたデータを公表できないというようなことがたくさんありました。
 
そんなことがないように、私としては
パニックを抑える唯一の道は、情報を常に公開して、
政府は信頼できるというふうに住民に思ってもらうということが一番だと思います
ので、
今後は是非ともそちらの方向に行ってほしいと願います。
以上です。

○参考人(後藤政志君) 
私の立場ですと、実は私自身も思い出したんですが、格納容器というものを設計しておりましたから、
工事認可といいますか設計上の図書を出します。
そこのところに、今、小出参考人がおっしゃったように伏せ字というんですかね、
こことここは数字を出さないというマーキングするんです、伏せちゃうんです。

これ、言っていることは、一つには特許とかそういう企業秘密ということになっているんですけど、
やるときに決してそれがどこまでが企業秘密か必ずしも定かではないんですね。
担当のところでこれやれと言ってだあっと附箋していたのを伏せていくような。

極端なことを言うと、この数字とこの数字を足したらこれになるのが明らかなのに何でこれを伏せるんだという、
そういうばかな話をしていた記憶があります。
 
そのときに私は非常に矛盾を感じましたのは、
事 原子力のような安全にかかわるようなところでそんなこと許されないと思ったんですね。
何を根拠にそれできるんだろうということは、
安全性ということを全面的に我々を信頼しろと、やっている側ですが、
100%、だから出さないということになるんだろうと思ったんですね、私はそのとき。
ところが、実際にやってくると、今度は安全ということをきちんと考えていないと。

そういう状態との情報開示との矛盾があるということが一点です。
 
それともう一つ、先ほどもちょっと触れましたから思い出しましたのは、
非常に大事だと思いましたのは、
日本では、私の場合ですと1989年から原子力の仕事を始めましたけど、
90年に入った直後くらいですね、海外と共同研究やっていたときです。

シビアアクシデントですね、過酷事故と日本語で言います。
こういうことは存在しなかったんです、そこまでは。

存在してはいけないことだった、日本では。
日本では過酷事故は存在しない、スリーマイル、チェルノブイリがあってもですね。

なぜかというと、非常に信頼性が高くて、安全に造り込んでいて、
チェルノブイリとは炉型が違う、スリーマイルのような失敗はしない、改善もしたと、こう言っていたわけです。

だから、研究をやるときにも過酷事故と言えないんですよ。
ビヨンドDBAとかいうんですけど、設計条件を超えるという表現を取るんですね。

そうすると、海外の人、びっくりするんですよね、何でそういう言い方するのと。
いや、日本では存在しないんだって、そういうばかな話になったんですね。

これ、漫画みたいですけど、本当にそういうことがあったわけです。
 
それからしばらくして、1992年に、原子力安全委員会の方から、
やはり過酷事故というのは存在し得ると、
しかし、工学的に十分安全に造り込んでいるから特に対策を要さない、だから義務化しない、規制しない、
ただし事業者の自主的努力でやってくれと、これが現状なわけです。
ですから、非常にねじれた関係になっているわけですね、情報開示の話とちょっとずれますけれども。
 
そういう意味で、つまり、情報開示というのは、何が正しいことといいますか、
何が真実か、そのことをストレートに出して持っていかない限りは、
ゆがみがずっと出てくるのは当然だというふうに思います


それが、原子力には非常にそういうことが多かったというふうに私は思っております。
以上です。






寺田典城君 
財政的に破綻していますので、石橋さんと孫さんには先ほど、どのような復興を、
地震学から、石橋さんからお聞きしたいということと、
ああいう大きな防波堤が飛び越えてまで来て命をなくしているという
あれがあるからかえってまた、安心して生活したかも分からないけれども
事故にもつながったことがあるんじゃないのか、想定外だとよく出ているんですが。

孫会長さんには、多額納税者でございますので、これから日本の復興の税の使い方についてどうお考えになるか。
その二点、ひとつ。

委員長(末松信介君) 
石橋先生にも復興のお話ですか。

寺田典城君 
石橋さんの復興の話とですね。

○参考人(石橋克彦君) 
財政難の折から、巨大な防波堤が一体どう役に立つかどうかというのは、
原発の前に造る防波堤ではなくて、一般住民の一般的な話ですね。
やっぱりケース・バイ・ケースだと思うんですよね、
だから、非常に一律にはちょっとお答えしにくいと思うんですけれども。
 
ちょっと御質問の趣旨からは外れますけれども、
復興ということでいえば、もちろん今回の被災地、非常に広大な被災地の、
東北地方からもう千葉県ぐらいまでに至る、

つまり関東地方にまで及ぶ、ああいう東日本の広大な被災地の復興というのがまず第一ですけれども、
もうこれは全国的な出来事でもありますから、
日本全体の広い意味での復興というか、それも考えなきゃいけないと思うんです
けれども、

それに関連して一言言っておきたいのは、次はやっぱり首都圏直下の大地震とか、
それからほぼ確実に今世紀半ばぐらいまでに起こるであろう、

あるいは、3月11日の超巨大地震によって
もっと早く引き金を引かれるかもしれない 西日本の超巨大地震というのが
日本の命運を左右することだと思うんですよね。
 
首都圏から九州まで3月11日のようなことが起これば、もうこれは本当に大変なことでありまして、
これに対する備えはやはりしなければいけない。

もう西日本の太平洋岸では、各自治体も津波の想定の見直しなんかをしていると思います。

場所によっては巨大な防波堤を新たに、津波防潮堤を造ろうとしているところもあるかもしれませんが、
それはやっぱりその地域地域の状況によって違ってくると思います。
 
ただ、私個人としては、私個人の基本的な考え方は、
最新の技術を駆使して鉄とコンクリートで大自然に立ち向かって、
もう大自然と全面戦争みたいにするというのは私は反対でありまして、
大自然の摂理に逆らわずに、人間の方が自然を畏怖して、畏敬して、譲るべきところは譲ると、
だから住み方を変えるというようなことの方が大事だと思っております。

ですけれども、例えば住宅の高地への移転なんていうのがどうしてもできないとか、
あるいは住民がそれは嫌だというようなところは、
低地に住み続けてその前に、前面に防波堤を造らざるを得ないところもあるかもしれませんので、
それはその場所その場所で考えていくよりほかないだろうというふうに思います。
以上です。

○参考人(孫正義君) 
先ほど自然エネルギーによる発電ということを申し上げましたけれども、
例えば太陽でいいますと、膨大な土地が要ると。

今回の東日本の大震災で広大な土地に海の塩をかぶってしまった、
しばらく何年間もこれは畑として使えないというような問題があると。
あるのに使えない土地、そこに例えば太陽パネルを張る、あるいは風力発電の風車を設置すると。
 
防波堤をどんなに高いものを造っても、
その巨大なコストと、それから、それでもまたそれを乗り越える波が来たらどうしようというのがあるわけなので、
そこに巨大なコストと巨大な防波堤を造るよりは、
そこそこの安心できる防波堤は必要ですが、

防波堤のすぐそばに今度はまた民家を造るのではなくて、
そこは当分の間は太陽パネルを敷くと、あるいは風車を置くということで、
民家はできるだけ山裾に近いところに、平家建てではなくて高層住宅にして、
万が一のときでも屋上に逃げればいいというような形で、

やはり、今、石橋先生もおっしゃいましたように、
自然と格闘するのではなくて、自然を想定してそれに見合った町の設計をすべきだろうというふうに思います。
 
先ほど自然エネルギーの全量買取り制と申し上げましたけれども、
東日本のソーラーベルトというようなものにおいては、
その災害地区においては買取り価格を一時的に少し上乗せすると。

例えば、三年間以内にそこに着工すれば通常の買取り価格よりも二割、三割上乗せして買い取ると。

そうすると、膨大な雇用がそこに生まれますし、
復興が促進され、利用できていない、当分何年間も利用できないであろう土地にボルト式で止めたパネルがあると。

もし塩害が終わって後々そこをまた再利用しようというときには、パネルをボルトを外してほかに移転すると。

あと、塩のメッキ、こういうようなものには三割ほどパネルの製造コストが上がると。

パネルの製造コストと後に移転するコスト、
ですから、その分のコストを買取り価格に少し上乗せすれば、
復興及び有効活用が同時にできるんではないかなと、こういうふうに思います。


寺田典城君 
どうも今日はありがとうございました。

委員長(末松信介君) 
じゃ、石橋参考人。

○参考人(石橋克彦君) 
すみません、さっき一言言いかけて、そこで言い忘れたんですけど。
 
先ほど私、復興というのが東日本大震災の被災地だけではなくて日本全国の問題だということを言いましたけれども、
それの関連で、直接今日の話題ではないので恐縮ですけれども、
皆さんの頭の隅にちょっと留めておいていただければ有り難いと思うことは、

さっき言いましたように、今後、首都圏あるいは中京圏、関西圏、
そういうところがもう壊滅的な被害を受ける可能性は十分ある
ので、
今こそ分散型の国土というようなことを念頭に置いた東北地方の復興もしなければいけないと思います。

例えば、大阪なら大阪を今と同じ、
例えば東京がやられたときのための副首都のつもりで最先端の鉄とコンクリートの技術を使ってがっちりするとか、
そういうことをやっていたらもう本当に日本は駄目になっちゃうかもしれないので、
もっと広く薄く伸びやかに分散型にして、

これはエネルギーの問題にも電力の問題にも関係してくるわけで、
分散型の発電・送電システム、スマートグリッドとかそういうことにも国土全体としては関係するわけです。
 
そういう観点で、これ大変僣越ですけれども、なお一言余計なことを言えば、
東北地方の復興もそういう観点で、
つまり、東京以西がやられたときのために 
日本の緩やかな中心に将来なり得るくらいの視野を持って考えていく必要もあるんではないかと考えております。

以上です。

5月23日参議院行政監視委員会他の参考人の方がたの記事

小出裕章氏参議院5/23 行政監視委員会①(内容全て書き出し)

後藤政志氏5/23参議院 行政監視委員会②(内容全て書き出し)

石橋克彦氏5/23参議院 行政監視委員会③(内容全て書き出し・資料あり)


孫政義氏5/23参議院 行政監視委員会③(内容全て書き出し・資料あり)


質疑応答の記事

質疑1・民主党藤原議員ー孫政義氏 行政監視委員会5/23(全文書き出し)


質疑2・自民党赤石議員ー参考人4人 行政監視委員会5/23(全文書き出し)


質疑3・公明党藤原議員ー参考人4名 行政監視委員会5/23(全文書き出し)



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