「被爆66年ヒロシマ」肥田舜太郎医師(内容書き出し)



今日から原爆の日に合わせたシリーズ企画
「被爆66年ヒロシマ」をお送りします

第一回は広島で被爆した94歳の老医師を追います

肥田舜太郎さん、福島第一原発の事故後
クローズアップされる内部被曝の危険性を早くから指摘し続けた一人です

その活動の原点は広島にありました

JR広島駅に降り立った肥田舜太郎医師94歳です
66年前の8月6日軍医として働いていた広島で被爆し
戦後は東京と埼玉で被ばく者の診療に当たりました

肥田舜太郎氏:
広島に来るとやっぱり、故郷に来た感じですね
実際に生れ故郷ですね
実際によその土地に行ってここに来るとほっとする



この夏肥田さんのところには講演会や取材が殺到しています

肥田舜太郎氏:
あなた方のような取材が42回かな、今日で
その間ほうぼうで話したのが だいたい30回位です


2年前体力の限界から引退した肥田さんを3月のあの出来事が変えました

西山保安員「レベル7という暫定評価をいたしました」

震災直後の福島第一原発で原子炉の建屋が吹き飛ぶ爆発や炉心が溶けるメルトダウンが起きました
チェルノブイリ原発事故と同じレベル7となる史上最悪の事故は大量の放射性物質を放出し
震災で打撃を受けた住民に追い打ちをかけています

子どもを抱える親たちは内部被曝の影響に不安を募らせています

内部被曝とは放射性物質を呼吸や飲食で体内に取り込み体の内側から被ばくする事
その影響については専門家の間で意見が分かれ
国はその影響を認めてきませんでした
肥田さんは内部被曝の危険性を長年訴えてきた数少ない一人なのです

2005年に出した「内部被曝の脅威」は原発事故後
都内の大型書店で売り上げベスト10に入る大きな反響を呼びました

肥田さんは今、全国各地の講演会を飛び回っています
その原点は広島です
アメリカが原爆を投下した66年前肥田さんは広島陸軍病院の軍医でした
往診先の戸坂村で被ばくし、それから負傷者の必死の救護に当たりますが
次々と亡くなったと言います

肥田舜太郎氏:
熱が出たからって行ってみると鼻と口から血が出ている
診てられないんです。臭くて
これはね、医者が一目で分かるのは
口の中が腐ってるんです
人間の体の口の中が生きているのに腐り始めた
そのにおいなんですね
何でこんなことになるのか分からない



さらにその後肥田さんが将来をかけて調べ続ける症状の患者に出会います
入市被ばくの患者です

肥田舜太郎氏:
「軍医殿、私はピカにあっていません」っていうのね
「えっ?」って聞いたら、
部隊長に連れられて翌日やっと入ったとかね
あるいは2日後に入ったと言うのもいた
それがみんなそういう症状が出て死んでいくんです
診ている医者は何の事だか全然分かんない
本人が「原爆にあっていない」と言うのが
みんなと同じ症状で何で死ぬのか分からない
その分からなさが30年続いたんですよ


原爆が投下された年の12月肥田さんは山口県の病院に移り
そこでも原爆ぶらぶら病という新たな症状に出くわします

肥田舜太郎氏:
山口県に逃げた被ばく者がいっぱい入院していた
そういう中にね、見たところ何にもない
火傷もなければ何にもない、元気がいいんですよ
「何で、病院に来たんだ」って聞いたら
「かったるくて働けない」
かったるいというだけの病人が沢山出てきた



その後、埼玉や東京で6000人以上の被ばく者を診療しました
また、原爆症認定の集団訴訟で内部被ばくを認めない国に対し
原告側の証人として診療体験に基づいた証言をしました

肥田舜太郎氏:
一生懸命自分が診てきた患者がね
何年目になったらこういうふうに死んだ
何年目の人はこういうふうに死んだと
裁判官に分かるように話す
ふたを開けてみたら私の方が勝った
ね、
だから、よく話をすればアメリカ人でない限り日本人なら必ず分かるんですよ



今、肥田さんが心配しているのは福島の子どもたちへの影響です


肥田舜太郎氏:
日本政府はいろんな処の県と話しを付けて
小学生と中学生を全部強制疎開をしなきゃいけないと思っています
福島県で(放射性物質が)毎日出るんですから
毎日どこかで降ってきて、吸ったり飲んだり食べたりしているでしょ
この子たち、後5年経ち10年経ったらどういう体になるのか
私はそれが心配なんです


肥田さんは皮膚を通した外部被ばくと違って
内部被曝の場合は少量でも影響があると指摘します


肥田舜太郎氏:
内部被ばくには何ミリ以下なら大丈夫というものはないんです。はじめから。
内部被ばくであれ外部被ばくであれ
放射線で起こった被害
どんなに軽い被害でも治しようがない
今の医学には薬もなければ注射もない
なんにもありません



この日 肥田さんの講演は一時間以上に及びましたが
参加した人は誰も席を立とうとしませんでした

参加者:
やっぱし今まで私が生きてきた人生の中で
当てはまる事が沢山ありましたね

参加者:
これは広めた方がいいんじゃないですかね。隠さずに。
真実、先生が治療なさってるんですから


28歳の時にあった原爆から66年の年に福島で起きた放射能被害
94歳になった医師は一人訴えます


肥田舜太郎氏:
広島、長崎で起こった事が、それが
非常に軽い形で起こるかどう起こるかは分からないけど
何か起こるだろうと
その先には、癌だ、白血病だって
みんなが死んでいくのを待っているんじゃないかと
それを全然ありませんという証拠はないと ぼくは思ってますね
だから今から、日本の医者にね
そういう可能性があると言う事を教えて
患者が来た時に、そうかもしれないという目でね診ていかないと
頭からいくら見ても何にも証拠がないと
何でもないよという形で放り出さないで欲しいと


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4/24広島にて内科医の肥田舜太郎医師講演(内容書き出しました)

肥田舜太郎医師2007年の講演(低線量内部被曝と原発について)





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