肥田舜太郎氏&岩上安身氏 10/6(最後の質疑部分の内容書き出しました)

肥田舜太郎(ひだ しゅんたろう) 医学博士
略歴:1917年生まれ、1943年日本大学専門部医学科卒業、
1944年陸軍軍医学校卒業、広島陸軍病院に赴任中の1945年8月6日原爆に被爆、
直後から被爆者救援・治療にあたる。

2011/10/06
肥田舜太郎先生インタビュー">肥田舜太郎先生インタビュー
No1


肥田舜太郎氏×岩上安身No1-1(文字起こし)2011年10月6日


肥田舜太郎氏×岩上安身No1-2(文字起こし)2011年10月6日


肥田舜太郎氏×岩上安身No1-3(文字起こし)2011年10月6日


No2


肥田舜太郎氏×岩上安身No4(文字起こし)2011年10月6日

No3


今日は何故かNo3から聞いてしまいました。
みんなの質問です。
被ばくしたけど今も元気な肥田医師。
私はその謎が知りたかった。
その事に答えて下さっています。岩上さんと一緒に聞いてみましょうd(◕‿-。) ネ❤

No3の書き出しは、続きを読むからどうぞ




岩上;
あの、これを今見ているんですけれども、
生中継でね、録画じゃないんですよ。全部そのまま流れていてですね、
質問がきています。
いくつかよろしいでしょうか?

肥田:いいですよ

岩上:
視聴者の方です。
「肥田先生の家は代々長生きの家計なんですか?」

肥田:
あぁ・・どっちかというと、祖父が85ですかね。
父が91でした。
3代しか知りません。その向こうは、ま、でも80代位は居たんだろうと思います。
どっちかと言うと長生きかもしれません。

岩上:
なるほど。それから、
「先生は広島で被ばくされても、本当にお元気ですが、
被ばくしても放射性物質に打ち勝つ秘訣は何でしょうか?」
これは、あの、みんな聞きたいところだと思います。

肥田:抵抗力ですか。

岩上:そうですね、どうしてこうお元気なのですか。遺伝的な物もあるかもしれないですね。

肥田:
あの、私は、直接被ばくを受けていない。
内部被ばくだけですね。
それでも、結構長い時間活動した挙句の果てでも
その、いわゆる放射線病と言われる物にはならずにきた。

岩上:
皮肉ですよね、先生ご自身が、ま、内部被曝のいい見本なんですけれども

肥田:
うん、
こんな元気だったら、「そんな事はないよ」と言う側の手本みたいな(笑)ね。

岩上:そうですよね、敵の手本みたいですよね、(笑)

肥田:
私は、たまたま?おやじとおふくろが産んでくれた、
私の中に、人類がずっと持ってきた、地球が生まれた時から、
少しづつ作ってきた放射線への免疫力を、かなり高い水準で私が貰ったんだろうと。
で、それからそれを下げるような、不摂生な生活は意識的にはあんまりしなかったと。
忙しいからね、診療で忙しいから、睡眠時間が足りなかったからとか、
栄養が偏ったなんている事はあるかもしれないけど、
基本的にはやっぱり、自分で、正しく生きるために、悪いという事はしないと。

岩上:たとえばどういうころを?

肥田;
たとえば、タバコはやめましたし、
それから、食事は、努めて粗食。
ばぁさんが、母親の時代から家で作ってくれたものを喜んで食べてきたと、
あんまりほうぼうでごちそうを食べ歩くなんて事は
ま、なんていうかな、経済的にも嬉しくなかったし、そういう事はあんまり好きじゃなかった。
だから、かなり時間にはこだわって、忙しくても朝食は、
ちゃんと夜は早く寝て朝は早く起きて食べると。
早寝早起きはもう、一貫して貫きました。
夜、夜中遅くなって、どんなに忙しくても、朝、5時と言う時間にはピタッっと起きて、仕事をしました。

岩上:5時起きですか

肥田:ええ。

岩上:みなさん、朝5時起きしたら内部被曝に勝てるかもしれません(笑)

肥田:(笑)

岩上:それはかなり大変なことかもしれませんけれども、

肥田:しましたね。

岩上:あー、そうですか。早寝早起き

肥田:
あのー、朝の食事に時間をかけるっていうのが大事なんですね
よく噛んでね。
よく噛むっているのは、ジアスターゼと言うつばの中の酵素を
お米を腸で吸収できるような化学物質に変えるのは唾しかないんです。
だから、唾を、ゆっくり時間をかけて混ぜる事で、食べたお米が腸までいって、
全部100%エネルギーとして吸収できる。
それをやらないと、90%位は便になって、出ていっちゃう。
だから今、夜更かしで、テレビ見て、朝、わずかな時間でパーッって食ってね、出かけていくって
これは自殺をやっているようなもんです。

岩上:
(笑)すみません、すごいお説教されているような・・あ、・・なるほど、反省します。
エー、もう、ほんと、私も夜更かしなもんで。
次の質問
「ピカを見ずに被ばくした人達っていうのは、爆心地からどのくらい離れていたんでしょうか」

肥田:
要するにアメリカの基準のいわゆる、遠距離被ばく者。
これは3キロとかね5キロ、あるいは4キロ5キロこのあたり家が潰れたりという被害はあります。
ピカは見ていません。
うん、直接彼らが2キロ以内の直爆そうとう強烈な中性子とガンマ線というね強いのが、
人類の頭の上から貫通した。小銃の貫通銃創みたいなもんですわね。
だから全然残らなかったって。突きぬけたと
突き抜けた時の放射線のエネルギーが、
どういう形でどこに被害を与えたかって言うのが全く分からないんです。
で、いくつか論理的に理論として、書いているんですけど、どういう事からなのかが全く分からない。
で、僕は放射線被害はその貫通銃創のように何百万と言う放射線粒子がね、
大きさは1ミリメートルの六十億分の1という、直径がそうだから、
だから、形としては分かりませんけれど、
充実した人間の、隙間のない身体を縦に、1m70㎝ぐらいを突き抜けるわけです
人のいろんな抵抗物をぶち破っていく訳ですね。
そのぶち破ったという物理的な影響がどういう形で放射線の被害として残るのかっていうのは
理論的には分からない。
だから、むしろ、私は、そういう人たちが倒れて寝ている時に、まら生きている間に、死の灰が降ってくる。
まだみんな、降ったんです。で、吸い込んだり、起き上がって水飲んだりして、
直爆の人もみんな内部被ばくは受けているんですね。

だからその内部被曝の分が時間が遅れて、出てきた症状の基じゃないかと。
直接被ばくと言うのは直接破壊した力と、いきなり高熱で焼け死んだ、これが死因だと。
で、放射性被害と言うのは、僕の見た中性子症状と当たる部分は、よくわからないけれど、
言葉だけで書いてある、それが学問とすれば、その学問の影響で起こったんであろうと。
否定できませんから。
で、時間が立って遅れて出てきた症状は全部内部被ばくだろうと。
いうふうに自分で整理をしている。

岩上:なるほど、やっぱり時差があるんですね。

肥田:ええ

岩上:
「以前動画で、体内で何時までも放射性物質で被ばくし続ける件を伺ったんですが」
今の内部捕縛のお話しだと思うんですけれど、
「そういうふうに取り込んでしまった場合、免疫を上げる方法で何か有効な方法はありませんか」

肥田:それはわかりません。これは、免疫って言うのは、いまの範囲で言えば免疫を犯すことになる
放射線なら放射線という物質と、それと対応する任務を持った人間の体の何らかの細胞、任務を持った。
これが、対応して、そして防護したり、あるいは被害を加速したり、
というような反応がある事は分かっているけれど、
何と何がどうだっていう細かい所まではまだ、学問的に決着がついていない

岩上:なるほど、
気休めみたいな話はあるかもしれませんけれども、いまのところ・・
そう言ってしまうと今、多くの人が不安になっちゃうかもしれませんけれど、
「わからない」っていうのも本当に正直なところなんでしょうね。

肥田:
だから分からないものをね、分かろうとして、
仮に何らかの仮説を立てて、説明のつく、分かる道筋が文章でできたとしても、
それが分かったから、実際の被害がどうなるのかというのとは無関係だと思う
ね、だから、分かりたいという人間の知的な欲望が
それが正しく積み重ねて、長い時間をかけていくと、真実に到達する一つの正しい方法だろうと。
直感で感じたからこれだ。なんていうんじゃなくて、
色々と失敗したり、間違ったりしながらだんだんねり合わされて、正しい考え方が出来ていくといういみでね
知的に、いろんな材料を合わせて考えるということは
やっぱり、人間がやる正しい方向だろうと思っています。


岩上:そうですね。それがイコールすぐの解決策になるかどうかはまた、別の方向ですね
それから、「被ばくしてしまった方から、以上のある子どもが生まれたりしたんでしょうか」10:43

肥田:
遺伝の問題ですか?
これはね、アメリカが直後に広島で2~3年かけて遺伝はないという統計的な発表をした。
これは間違いです。
というのは、彼らは明らかに被ばくした層と、ここは被ばく者じゃないという対象を選んだ時に、
本当は被ばくしていた人を、内部被ばくで。
これを対象に取っちゃった。
これとこれを比べてあるないと言ったから
それぞれの構成が初めから成り立たないという、そういう批判で、これは潰れています。
だけど、広島の今度は実績でね、
一番その事に関心を持ったのは産婆さんなんです。
昔は産婆と言う人達が赤ちゃんを取り上げたと。
で、現実に取り上げた時におかしいというのがね、いっぱいいたと。
いた事は間違いない。その、産婆さんが、内緒で集まって、戦後の話しの中でそれがちゃんと記録されてきている。
で、それを専門に研究した医者がいて、
たくさんの・・あって、話しをして、確かに事実だったと。あったのは。
で、それが全部放射線の影響だと、それを証明する方法がないと。
被ばく者の子どもに多かったと。
で、そのー、ま、奇形なり異常のね、中身は
形態的に、唇がおかしかったとか、よくある指が足りないとか
そういうのとは別に、先天的に脳と肺と、それから、主に心臓、
この働きがね、先天的に阻害されたと、いうのが、お医者さんに診てもらってはっきりしたというのが
沢山いたと。これは、事実。

岩上:ん・・・・やっぱり今から子どもを持つ人にはすごく不安になるところだと思いますね

肥田:
ただ、動物実験で、具体的に、その、いろいろと理論的にわかったことは、
二世にはそれほど多くない。
で、一番多いのは三世と四世にある。

だから、今丁度三世が生まれ始めている時期で、

岩上;広島の

肥田:だから、もう、生まれてね。ひ孫として出てきています。

岩上:そうですか、
チェルノブイリなんかでは今でも異常が続くというのはそういう事ですよね。
あの、首都圏の子どもたちに、30代40代の人も、首都圏に居続けることに不安を持つ人も多いんですが、
出た方がいいのでしょうか

肥田:何が出たほうが?

岩上:
首都圏から出た方がいいのか。
福島以外の首都圏からという事ですが。

肥田:あー、
わたしは、・・そうですねぇ、・・・・・・・・・少なくともあそこ(ふくいち)が止まるまではね、
あの、出た方がいいという意見は、一定な有力な意見だろうと思いますね。
ただ、それは、他の一切の困難を、目つぶって、
そっちで潰れちゃうような、そういう出方はやっぱり良くないでしょうね。

岩上:ま、財産を失う。仕事を失う。家庭がめちゃくちゃになる。
というような事では、それは、生活が成り立たなくなってしまう。

肥田:
だから、それよりもむしろ残ってね、発病させないという。
困難だけど、その努力をね、ずっと続けた方がいいと思いますね。15;05

岩上:
「首都圏ですけれども、首都圏の乳児や妊婦は避難したほうがいいのでしょうか」
これはま、同じ質問だとして、
「食品からの内部被ばくを防ぐ最善策は何でしょう」あと、
「40代位の男女は安全ですか」と。
40代と言うのは若い人じゃなくて40代の、私も52ですけれどもw
こういう中高年以上というのも、そういうあの、大丈夫だって言うんですけれども、
これが、ちょっと分からなくってですね
中高年って言うのが、
細胞分裂は確かに活発でなくなっているから
若い人よりかは放射線の影響は少なくなっている筈だと。そうもいえるんですけど、
他方で、普通に加齢によって免疫力とか低下しますよね。体力が失われて、
ちょっとした事で体調を崩しやすくなってくる。

私も今、実は風邪をひいたりしていますけれども、
めっきり、若いころに比べて抵抗力も体力も亡くなって (ლ(◉`ൠ′◉ლ)がんば!)
免疫力がなくなったって、実感するんですが
あのー、しょっちゅう取材に行ったりしています。
一定程度の、僕は被ばくをしているんでしょう。
それが、僕のような、にんげんだと、年が故に細胞分裂の速度が遅くなっているからといって
大丈夫なのか。と。
逆に、抵抗力も落ちてきているからそこに上乗せされてね、悪影響なんかが出てくるのか。
多分これは、中高年の事も心配しているんだと思うんです。


肥田:
んーー、わたしはその辺になると
純粋に医学的なね、
あれが分からない限り何とも言えないと思うんですけれども
ま、今の世の中で生きていくという、
いろんな制約を持ってね、生きていくという条件の中で、
その、中高年すぎて、一番危険だと言われる時期を、もう、過ぎちゃった人は、
そこまで心配しないで、

岩上:(笑)

肥田:順応していったらいいんじゃないですか

岩上:そうですね

肥田:
だから、交通事故で死んだり、それから、いろんな意味で人間は怪我したり死んだりする
そういう頻度とね、いま、ここで、たまたま体の中にあった放射線が、発病してくるというのを勘定に入れてね
どっかに行っちゃった方がいいと、いう程の行った先だって、全く綺麗な場所じゃないかもしれない訳だからね
だから、それは僕はもう、あんまり考えない方がいい

岩上:まぁ、中高年はおおらかに行きましょというところで
これは、子どもとか妊婦さんとか若い人は

肥田:それはね、
出した方が、本人も安心だし、悩まないで済む。

岩上:最後の質問
質問と言うか、失礼なリクエストかもしれませんが、
肥田さんはついったーをやられないんでしょうか、是非始めて下さい。
ボケ防止にもなります(笑)

肥田:なにを?なにをはじめるって?

岩上:ツイッター

肥田:あー。ぜんぜんやらない。
僕はね、80歳でパソコン買ったんです。
で、それまではあの、なんていうんですか?まがい物あったでしょ。なんか、文章を作る。

岩上:ワープロ

肥田:ワープロっての?
それやっててある日突然思い立って、買いに行って
ま、富士通っていうのを買ってきて、後でしかられたんだ。
あんなバカなもの買うやつがいるかって。w(笑)

だけど、ま、それで始めて
文章を作る事しかしないんです。
翻訳して打つとかね。自分で文章書いて誰かに送るとか
あるいは論文書くとかっていうのを全部これでやった。
だから、それを打てる範囲の操作は覚えている。
ところがその、何かをやったら、いろんなものが出てきて、それに書きこんだら誰かと交信が出来るとか
そんなのもう全然想像もできない

岩上:(笑)そうですか。
だけど、、もう、おそらく文章書けるんだったら
ツイッターは簡単だと思うんですけど、
非常に短い140文字のブログ、って言うか、140文字だけの短信なんですね。
それを、ま、書きたければ何通も書けばいいだけなんですけれど、
あと、それにみなさんが書きこみをしてくれたり。
やって欲しいというリクエストがありました

肥田:(笑)

岩上:先生、どうもありがとうございました

肥田:いえいえ

岩上;長時間の話し

肥田:とんでもない。ま、こんなことでお役に立ったかどうか、わかりません。

岩上:本当にありがとうございました。また、機会があればですね

肥田:はい

ーーーーーーーー

ここで、
音声がなくなりました
肥田先生のお言葉目を閉じてじっくり聞きながら書かせていただきました。
一言一言がとても心に響きます。




と、いって・・・
何故か最後の3番目方聞かせていただいた私です
No1とNo2は
後日じっくりと聴いて文字に起こして大事に保存させていただきたいと思っています

ありがとうございました。









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コメント

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キーコちゃん ありがとう!

これだけの書き起こしをするのに
どれほどの時間がかかったか
想像もできないよ(・。・)
 スゴーイ((+_+))
本当にどうもありがとう!!!

最初に出てきた都築正男先生の
「広島新史」って本は
アマゾン・ドット・コムで検索すると
1000円で手に入ることが分かったよ

「広島新史〈資料編 1〉都築資料 」
という本だよ
A5版で525Pもある本にしては安いと思ったよ
内容はやや堅苦しいけど
資料的価値の高い立派な本だよ

それにしても
原爆関係の古い文献が
原発事故以来脚光を浴びるようになるなんて
不思議な気もするけど

日本政府が
危険を顧みず
ここ40数年間、原発推進政策を
推し進めてきた理由の原点は
いつかは核兵器を持ちたい!
って潜在的欲求だったことを
考えれば、
原発=プルトニューム製造工場
だった訳だから
原発がいかに根の深い
諸悪の根源であるか!!!

考えると恐ろしいものがある
日本が戦前のような
表現の自由を取り締まる日が来るのも
遠いことじゃない気がする

キーコちゃんの
このブログが
いつかは取り締まりの
対象になりはしないかと恐れています
その日が来たら
オレたちはみんなでこのブログを守るつもりです!

No title

都内で新宿から世田谷に移転、さらに関西に避難移住した、お子さん二人が甲状腺と甲状腺近くに、腫瘍ができているという話。

・3月13日、うがい薬を一口だけ飲ませ、自宅(東京都新宿区)から埼玉県にうつる。とろろ昆布を食べはじめました。

・3月15日13時半の新幹線で東京から大阪に避難し、大阪についてからすぐ、母子三人が特に体がだるく、また翌16日には子供二人とも皮膚炎になり、病院受診。皮膚炎、だるさとも、回復するのに1週間以上かかりました。

・4月4日に東京都新宿区に戻りました。ほぼずっと外出はせず、必ず車で移動し、室内施設で遊ばせていました。

・6月に世田谷区に引っ越し、9、10月には、1時間程度、マスクをして数回公園で遊んだりしました。10月くらいから、目の下のクマがではじめ、体力の低下を感じ、急に弱々しくなりました。

・再び臨界のニュースを聞き、深夜に安定ヨウ素剤を2錠飲ませ、とろろ昆布も食べさせ、車で東名高速に乗りました。このまま関西まで行くか悩みましたが、静岡県境までいき、結局引き返してしまいました。

・11月は瓦礫処理で空間線量が0.33まであがったのを確認し、家の換気を切り、安定ヨウ素剤を飲ませ11月中旬に避難しています。

・11月30日深夜、口腔内の腫れが痛いと泣き出し、病院受診。腫れを医師に見せるも、今まで見たことがないと言われ、甲状腺にしこりを発見。

こんな気の毒な人たちを出して罪悪感を感じませんか?